本番は6週間後!NHK『魔改造の夜』プロジェクトを成功させたN社のチームに欠かせなかったもの
公開日 2024年4月18日 最終更新日 2024年7月24日
「洗濯物干し25mロープ走」のチームにおいてキーマンであったNEC 事業開発統括部 モビリティロボットグループ ディレクターの土屋潤一郎さん、NECソリューションイノベータ株式会社 エンジニアリング推進本部 アジャイル推進・支援の安藤寿之さん、NECプラットフォームズ株式会社 ビジネス開発本部 ビジネス開発グループマネージャーの堀川智美さんに聞きました。
幅広い事業を行う世界的企業“N社”ことNEC
― まず、みなさんが普段どのような業務に携わっているのか教えてください。
土屋: 私はNECが行う研究を社会実装していくミッションを持つ部門で、新規事業を開発するディレクターを務めています。担当領域はロボットで、代表的なものは、昨今ではファミレスでもよく見かけるようになった配膳ロボットの物流倉庫版ともいえる 協調搬送ロボット | NEC です。
安藤: 私はNECソリューションイノベータ株式会社でアジャイルを推進しており、開発チームのアジャイル実践の支援を行っています。
堀川: NECプラットフォームズ株式会社で新事業の創出を担当しています。新規事業という点では土屋さんと共通していますが、サーバーやPOS、モバイルルーターなどを手掛けている企業ですので、ハードウェア系の新規事業を立ち上げるのがミッションとなっています。
やりたい人! から始まった
― NHK『魔改造の夜』のプロジェクトチームに参加したきっかけについて教えてください。みなさん面識はあったのでしょうか。
安藤: プロジェクトは、会社や特定の部署が主導で始まったわけではなく、社内SNSでの「NHK『魔改造の夜』に出たい人いませんか?」という有志募集の呼びかけから発展しました。2022年の秋頃でした。
土屋: 私と安藤さんは「アジャイル」という共通点でお互いの存在は知っていましたが面識はなく、このプロジェクトで初めてご一緒することになりました。
堀川: 私はお二人とは全く接点はなく、プロジェクトにはSNSを見た社内の友人から聞いて、これはなかなか出来ない経験になると思い参加しました。
― ボトムアップ、かつボランティアだったんですね。
堀川: 有志で進めるため、前提として全てを業務時間外で進める必要がありました。また、会議室や作業場所を確保したり、コストがかかるものの費用処理なども特定の部署付きにはなりませんので、マシンの制作に必要な環境の手配や準備も全て「無いものだらけ」から即興で進めていきました。
― 参加メンバーは、どんな風に選ばれたんですか。
安藤: 有志は50名ほど集まり、家電の「洗濯物干し25mロープ走」と、おもちゃの「パンダちゃん大玉転がし」の2チームが組成されました。トライアルを経て最終的に本番にも臨むと表明をしたメンバーが残りました。私達は家電で、30名弱のチームです。
準備期間はたったの6週間、どうする?
― みなさんはどんな役割を担っていたんですか。
土屋: 2月9日にテーマが決まり、収録は3月半ばでしたから準備期間は6週間しかありません。アジャイルの実践経験がある安藤さんと私は、秘かに「アジャイルを知らない人が知らずにアジャイルを実践している状態」にしていこう、と話していました。
フルリモートの安藤さんは最後まで実機を見なかった
安藤: 私はフルリモートでの参加で最後まで実機を見ませんでした。始まった当初は数人しか動けないような感じで、私自身も最初の2週間は何が起こっているかを把握するのは大変でした。そこでMiroで情報を整理する役割に徹して、手を動かす人達がタスクに集中できるようにしよう、と決めました。
土屋: 安藤さんと2人で「これをやろうか」という選択肢を練って、Miroでの情報の整理の仕方や、普段のチームのコミュニケーション方法などを設計して、うまくいかなければ修正して、を繰り返しました。
堀川: Miroにアクションアイテムを書き出して整理して、得意なところ、言い出しっぺ、やりたい人、などで役割を果たしながら、だんだん全員が自分は何をやればいいのか気づいていくような感じでした。
― 制作現場に行かない人もいたんですね。
堀川: そうなんです。最初の方はCADで設計する担当者は甲府からリモート参加でした。リーダーを含めたメカニック、エレキなど実機を制作するメンバーは神奈川県川崎市の玉川事業所に集まりました。業務時間後の18時~22時くらいまでがプロジェクトの時間で、土屋さんのスマホで作業風景を映して各々がTeamsで入れるようにし、リモートの安藤さんがMiroに整理していく、という風に進みました。
土屋:最初は、現場でリアルの付箋も使っていたのですが、それだとやはり情報の不整合が起きて現場とリモートとでチームが分断されてしまうのでやめました。
― 最終的には、どんなコミュニケーション方法に落ち着いたのですか。
土屋: 予定したスケジュールが2日後には壊れるようなカオスな状態のなか、ディスカッションはMicrosoft Teamsで行われることも、Miroで行われることもありました。気がつくとTeamsの未読が数十件になるような状態で、それでもその勢いは敢えて止めないことがベストだと判断して、全ての情報を安藤さんと私が週末にMiroに集約して整理していました。
そのうえで、昼休みの12:30~30分はデイリースタンドアップのように集まり、Miroで今日は誰が何をするか、何を試してみるか、といった確認や相談を進めました。
― かなり大変な役割ですね。
堀川: 作業場所に一番近くで働いていた私は最初にカギを開けに行くことが多かったのですが、実は最初は早く集まっても何をすべきか分からないこともあったんです。昼休みの30分ミーティングが始まってからは、やるべきタスクが明確になって動きやすくなりました。
土屋: 「情報戦を制するものが勝つ」と心に誓っていました。一度、週末に整理ができないことがあったのですが、翌週のチームの立ち上がりが明らかに鈍くなり、先週色々あった情報が整理されていないからチームが迷っている、というのを感じました。
あっさりと動いた初号機
― どんな過程を経て魔改造マシンは出来上がったのでしょうか。
安藤: 最初の2週間くらいはアイディア出しや方向性の絞り込みで、後半は集中して作り込みでした。
堀川: マシンは4号機まで制作したのですが、テーマ発表から3日後には試作の0号機ができ、「とりあえず」動くものが出来上がってしまったんです。
土屋: ここからは、どんなクオリティであればN社として満足できるのか。みんなが何を大切にしてマシンを作っていくか価値観を合わせる必要があると考え、トレードオフスライダーを使って意識を合わせました。スライダーは、例えば、「世間をあっと言わせたい」や、「NECらしさを出す」といった軸です。
土屋: このとき、「NECらしさ」は少し抽象的だったので、みんなで「らしさ」を挙げてみたのですが、NECらしさとは、「宇宙空間でも耐えられる技術」や「10年単位での耐久性」といったキーワードが挙がったんですね。これは大きな発見でした。普段は全く違う仕事をしていても、それぞれの場所で「壊れないもの」を世に送り出すために日々取り組んでいるので、その意識はとても強く刻まれていたんです。
ですが、今回は6週間後の番組で動くマシンを完成させなければなりません。番組でN社のマシンとして動いてくれればいい。そこで、それをぶらさないように、みんなで「やらないことリスト」を作成しました。こうして、番組の本番試技2回のみ耐えきればよくて「その後は壊れたっていいよね」とマインドを切り替えることができました。
― みなさんにとっては、「壊れてもいい」ものを作るのが大変なことなんですね。すごい話です。
土屋: 以後、この合意がプロジェクトの軸になるので、迷ったときにはこのトレードオフや「やらないことリスト」に戻ってきて、リーダーが重大な決断をするときにも、判断が簡単になるように心がけていました。
― 動力もいろいろ考えられるんですよね。どうやって方向性を絞ったんですか。
土屋: 初号機があまりに簡単に出来てしまったので、せっかく多様なメンバーが集まっているのだからアイディアを集めたほうがいいと、6チームくらいに分かれてアイディアソンを行いました。もしプロトタイプも出来るならそれも見せて、という形です。
土屋: 動力として、ペットボトルに詰めた空気やボンベからのガス噴射力、伸ばした輪ゴムの収縮力の活用など検討しましたし、動力の伝え方も尺取虫の動きを真似るものや釣り具のリールなど、様々なアイディアが出てきました。それらについて「この方式だと、こういうときに危ないよね」「このアイディアはこういうところがいいよね」などと話して「これやりますか?やりませんか?」とみんなでドットシールを動かして決めていきました。
堀川さんは自然とリスク管理に目が行っていた
― 本番前はどんな感じだったんですか。
堀川: 本番近くはマシンも出来上がってきて経験値も溜まってきます。洗濯物を干すのは人力でやるので、ズレたりするとうまくメカが動かなくなってしまいます。それを「蛇腹折りで5cm間隔で干す」といったこともMiroに記録していましたし、私は工程のリスクを拾ってきてリスク対応表を作っていました。
― もう自発的にやってしまうわけですね。
堀川: とにかくやれることをどんどん拾ってやっていきました。最後まで本当にギリギリで、本番前には徹夜で色を塗ったり、本番まであと8時間というリハーサルの試技で安全ガードの重要なパーツが壊れてしまい、接着剤が硬化するまで8時間かかるから、もう搬送で壊れないようにするしかないね、といった感じでした。ですので、実は最後までマシンがちゃんと動いた姿は見たことがなかったんです。それでも、本番では何分までに何をやるべきかのリスクと対応のケースを持っていたので、失敗しても迷わないという心理的安全性になったと思います。
Miroがなければ
― 最後に、Miroの使い方で工夫されていた点や良いと思う点を教えて下さい。
土屋:かなりの短納期プロジェクトなので、Miroボードを引きで見たときにもひと目で分かる工夫のために、付箋の色は信号にしていました。青は「いい話」、黄色は「注意」、赤は「懸念事項」です。
タスク管理ツールだと周りに自由に情報を置くことができないのでプロジェクトの情報がどこかに散在してしまいますが、Miroは受け皿として広いですね。頑張って綺麗にする必要がないところも余分な気をまわす必要がなくていいです。プロジェクト進行にはあまり凝った図表が必要なわけではなく、付箋や表で表現できることがほとんどです。
安藤: Miroボードは広いので、みんなが迷わないようにMiroボードの案内地図を作る、分量が多くなり重くなってきたら、使わなくなった情報を整理してアーカイブし、新たなボードを作るなど、チームが快適に使える工夫をしていました。PowerPointのようなプレゼンツールと違い、誰かが作ったものに他の人が手を入れたり自由に動かしても構わないところが心理的安全性になって、一緒に創り上げていく雰囲気を作ってくれたと思います。
堀川: 私が雑に作ったフレームが綺麗に整えられ、いつのまにか名前がついていたりしました。Miroだと「今こういうのが必要だろうな」と思いついたことは出来てしまいます。夜中にMiroボードに行くと、カーソルが動いているのが見えて嬉しかったこともありますね。非同期なのですが、同期があるんですよね。
安藤: しばしば「振り返り」を行っていたのですが、自分がいるところに全員を呼ぶ機能も話しやすくて便利でした。
プロジェクトで学んだあり方をチームに持ち帰る
― 魔改造プロジェクトを経て、今思うことや、これからやりたいことを教えて下さい。
堀川: 今回、お二人から投票やタイマー、Excelの付箋化など新しい機能を学ぶことができました。Miroはアイディア出しだけではもったいないということが分かったので、他の人を巻き込んで実務でもっと使いたい、という思いが強くなりました。
安藤:魔改造は様々な価値観、スキルを持つ人が協力して、矢継ぎ早に起きる変化(ハプニング)に対応しながら、素晴らしい成果を上げることができたプロジェクト。アジャイルを推進している私にとって目指したいチームの一例です。今回のプロジェクトを通じてチームが仕事に集中するために、今何が起きていて、次に何をすればいいのか、状況が可視化されていることがとても重要なのだと再確認できました。業務でもMiroを使うようになり、使えば使うほど新しい機能を発見しています。TalkTrackでMiroの説明を録画できる機能は、チームでの共有を格段に楽にしてくれます。
土屋: Miroボードは、ズームアウトすれば抽象になり、フォーカスしていけば具体になり、気持ちよく情報を受け取れる、気持ちよくつながることができます。
改めて振り返ると、トレードオフスライダーをかなり早い段階で出来たこと、そのあたりで「やらないこと」をチームで意見を出し合ってしっかり決めたことが、6週間でプロジェクトを成功させることができたポイントだったと思います。
ストックとフローの情報のコントロール、不要なストックをアーカイブし、チームが受け取れる量に調整していくことなど、このプロジェクトの成功体験から多くのことを学びました。
プロジェクトを上手く進めることは、NECの業務においても重要な成功の鍵になると思います。例えばMiroで素早く合意形成してプロジェクトを進行でき、かつ目的や進捗や客観的に分かりやすいのであれば、説明のためのプレゼンテーションは作成しなくても済む、といったように、もっと新しく上手い進め方があると思っています。
このプロジェクトから学んだことを業務でも再現し、かつチームやNECの評価に繋げていくにはどうするべきか考えていきたいですね。
※この素晴らしいプロジェクトについてもっと知りたい方は、NEC公式ページの動画「”魔改造の夜”の舞台裏 家電チーム編」や、魔改造マシン「HAYABOSHI」の解剖図を是非ご覧ください。